デス・オーバチュア
第168話「闇と雷の決闘」




そこは砂しかない世界。
無尽の砂、果てなき地平線……ここは永遠にして無限の砂漠だ。
「……では、お好きにご利用ください」
砂漠のど真ん中に三人の人物が居る。
一人目は、両目を閉ざした翠色のマントの人物、その容姿と雰囲気は男のようでもあり、女のようでもあり、性別不明な存在だった。
「ええ、遠慮なく使わせてもらうわ」
二人目は、砂漠に突き立った巨大な十字架にもたれかかっている、幼い修道女。
彼女の服は修道服にしてはスリットなどが入っていて露出が多く、首輪や手枷などの鉄の枷と鎖が付いており……かなり妖しく不自然だった。
「手間をおかけしました……えっと、なんとお呼びするのが一番良いでしょうか?」
三人目は、レースやフリルの大量についた可愛らしい黒いドレスでありながら、どこか退廃的、古典的な雰囲気を醸し出す……ゴスロリと呼ばれるファッションの女性である。
「まあ、外ではエルスリードと呼んで欲しいところですが……今はセルで構いませんよ、闇の姫君……いえ、D」
翠色のマントの人物……翠色の魔王セリュール・ルーツは口元に微かな笑みを浮かべて言った。
「……解りました、セル様。御自分のプライベートワールドを提供していただいて、心よりお礼申し上げますわ」
闇の姫君ことDは、スカートを軽く持ち上げて、上品に礼を述べる。
「それにしても……見事に砂以外何もないわね……これがあなたの心象風景なわけ?」
修道女……電光の覇王ランチェスタは、砂漠の彼方の地平線を眺めながら、呆れたように呟いた。
「あなたのプライベートワールドは、てっきり、風と翠色の魔王らしく、風の荒れ狂う渓谷か、自然の溢れる密林か何かかと思っていたわ」
「確かに、プライベートワールドとは心象風景にして深層心理、マスターの本質や特質……つまり『心』の在り方がその景色を強く決定づけるもの…」
セルは足下の砂を右手で僅かにすくう。
「フィノーラやネージュは冷たく閉ざされた氷の世界、ゼノンは無数の剣と荒れ地しかない死の大地、ミッドナイトは赤く染まった狂気の月の世界……と言ったように、その存在の本質を象徴するような世界ばかり……」
セルの掌の上から、砂が風に吹かれて消えていった。
「この何もない、何も生み出さない、果てなき砂漠こそ……私の渇き切った心そのものなのかもしれませんね。水(知識と刺激)に常に飢えている……永遠に満たされることのない救いがたき世界(私)……」
セルの口元に自嘲と自虐の笑みが浮かぶ。
「たく、これだから年寄りは……精神が枯れ果てて嫌なのよ……」
「あなたの瑞々しい若さが羨ましいですよ、ランチェスタ。姿は永遠に若いままだろうと、体を何度新しい体に入れ替えようと……この精神……魂の老化(劣化)だけは止められない……フッ、余計なお喋りが過ぎましたね。では、お二人とも心ゆくまで……屠り合ってください。私の『無窮砂漠(むきゅうさばく)』は滅多なことでは壊れませんので思いっきりやっていいですよ。そして、私の乾いた心に新鮮なる刺激を……」
一陣の風と共に、セルの姿は消え去った。
「はいはい、年寄りは茶でも飲みながら、若者のバトルを観戦(覗き見)していなさい! 興奮しすぎてポックリ逝っても知らないわよ、お婆ちゃん!」
激しく照りつける巨大な太陽しか存在しない、雲一つない青空から、凄まじい雷が十字架へと落ちる。
「じゃあ、始めましょうか、闇の姫……いや、フィンスタアニス(闇)!,」
ランチェスタは、D本人すら忘れていた彼女のもっとも古き名を呼んだ。
そして、砂の大地から十字架を右手一本で一気に引き抜く。
「ええ、決着を着けましょうか、エクレール(稲妻)……」
Dは、ランチェスタが電光の覇王と呼ばれる以前の昔き名、まだネージュ(雪)の『妹』でしかなかった頃の名で彼女を呼ぶと、左手に黒い水晶を出現させた。
「いきなり、それ? じゃあ、わたしも……」
ランチェスタがポケットから白銀の十字架を取り出した瞬間、Dの掌で黒水晶が砕け散り白銀の十字架が姿を現す。
妄執(もうしゅう)のロザリオと怨讐(おんしゅう)のロザリオ、対を成す二つのロザリオは、本来二つで一つ、魔導王『煌(ファン)』の失われた遺産(ロストレガシー)だった。
かっての所有者であった魔導王『煌』すら、そのあまりの威力、破滅的な危険性から、生涯殆ど使わなかったという最強の『剣』と『鎧』である。
「フォルツァート!」
ランチェスタが右手で十字を切ると、聖なる光が彼女の姿を包み込んだ。
「アマービレ(愛らしく)、ブリランテ(華やかに)、エレガンテ(優雅に)、リベラメンテ(自由に)!」
目も眩むような聖光の中から流暢なランチェスタの呪文が聞こえてくる。
「デリツィオーソ(甘美的に)! フリーセントフォルス!」
「くうぅっ……!」
聖光の爆発、光の乱舞がDを吹き飛ばした。
聖光はゆっくりと収まっていき、人影を浮かび上がらせていく。
「聖霊降臨(せいれいこうりん)! 聖奏至甲(せいそうしこう)! 聖雷覇皇(せいらいはおう)ランチェスタ!!!」
聖光が完全に収まると、そこには美しく輝く白銀の甲冑を纏ったランチェスタが姿を見せていた。
「……相変わらず無駄に演出過多な方ですわね……」
Dが右手でロザリオを強く握りしめると、彼女の右拳から焦げた臭いと煙が立ち登る。
「我が恨み骨髄に徹する……全ての仇を討ち滅ぼせ……怨讐の十字架よっ!」
鈍い金属音が響いたかと思うと、ロザリオを握りしめていたはずのDの右手に白銀の細身の剣が握られていた。
「本来、現象概念以外では一切傷つけることができないはずの闇(あなた)の手を焼き爛れさせる……相変わらず恐ろしい剣ね……」
ランチェスタの聖奏至甲はあくまでも防具、手甲や具足で魔属を攻撃すれば確かに凄まじい滅魔の力を発揮はするが、本来の特性(能力)は、神聖な力の攻撃から身を守る『耐神』や『抗聖』にこそ真価を発揮するのである。
それに対して、Dの怨讐のロザリオが転じた白銀の剣は、破魔、滅魔、魔を討ち滅ぼすためだけに特化した最強の『刃』だ。
「我、魔を断つ剣とならん!」
白銀の剣の刀身から、神聖なる光輝が噴き出し、巨大な光刃と化す。
「さしずめ、断魔姫剣(だんまきけん)ってところか……あれに直撃されたら一発で終わりね……」
聖奏至甲の装甲の無い部分は問題外、装甲で受け止めても、よほど意識と力をその部分に集束させなければ、装甲ごと真っ二つにされるに違いないとランチェスタは確信していた。
「ならこっちも一発勝負!」
巨大な白銀の十字架が、ランチェスタの右手甲と合体する。
「解放(ディスチャージ)! 超電圧最大(ハイパーボルテージマキシマム )!」
白銀の十字架が集束されるエナジーの過負荷(オーバーロード)に耐えきれないのか、電光が荒れ狂うように迸っていた。
「闇を貫けっ!  超・雷光衝撃杭(ハイパーライトニングインパクト)!!!」
ランチェスタは一瞬でDの懐に飛び込むと、右手の十字架から電光の杭を打ち出す。
「……断!」
Dは横に避けるのでも、後ろに逃げるのでもなく、振りかぶっていた聖光の刃を渾身の力で振り下ろした。




もし、地上でこの激突が起きていたら、衝撃の余波だけで、最低でも国一つは消し飛んでいただろう。
それ程までに凄まじい力と力の激突だった。
だが、ここはセリュール・ルーツのプライベートワールド『無窮砂漠』。
最初からこの世界には破壊される物は何もなく、衝撃で砂の大地が一時的に吹き飛ばされて地形を変えるぐらいだった。
吹き飛んだ大量の砂は再び地上に降り注ぎ、砂漠の地形をゆっくりと元へと戻していく。
例え、吹き飛ばされただけでなく、砂の一つ一粒が消し去られていたとしても、砂の補充などこの世界のマスターであるセルの意志によって、一瞬で、簡単に行うことができた。
ある意味、地表へのダメージを最も気にしないでいい、世界である。
「……砂の雨というのは……勘弁して欲しいわね……」
ランチェスタの右手から、白銀の十字架が崩れ落ちた。
十字架の短い方の先端……電光杭の発射口が完全に破壊尽くされている。
「帰ったらお風呂に……痛っ……」
破壊されたのは十字架だけではない、ランチェスタの右手甲は跡形もなく消し飛んでおり、彼女の右腕自体も見るも無惨な有様だった。
「さらば、黄金の右腕って感じよね……」
焼け爛れ、剔られ、血塗れな右腕は、ランチェスタ自身の意志ではもう動かすこともできないのか、ふらふらと風に揺れている。
「……まだ続ける、エクレール?」
対するDの方は、ドレスが所々破れ、薄汚れたりこそしていたが、特に致命的なダメージは受けていないようだった。
「当然よ! あなたの相手なんてこの左腕一本で充分よ!」
ランチェスタは無事な左腕で、力強く拳を握ってみせる。
「……そう……」
「それに、あなただって無傷ってわけじゃない……その右手、完全に焼け溶けていて、もう剣の柄を離すこともできないんでしょう?」
ランチェスタの視線の先を追うように、Dは視線を己が右手に向けた。
「溶けて柄に貼りついているのは……かえって好都合……握力がなくなった今でも剣を離さずにいられますから……」
Dはそう言うと、剣を数度振り回してみせる。
「完全に壊死したのはまだ手首まで……まだまだやれますわ」
「それじゃ、再開するわね……ブリランテ(華やか)に散れ!」
ランチェスタは一歩で間合いを詰めると、雷を纏った左拳でDに殴りかかった。
「つっ!」
Dは、ランチェスタの左拳に、白銀の剣を叩き込んで迎撃する。
「つぁ……百の雷に貫かれろ! 百雷撃(ハンドレットサンダーボルト)!」
ランチェスタは雷を宿した左拳を連続で放った。
「はあああっ!」
Dは百の雷拳を全て、剣撃で叩き落とす。
雷拳の威力で押しやられたのか、Dが後ろへと飛んだ。
「降雷(サンダー)!」
Dを狙って天から雷が落ちる。
「くっ!」
落雷は、Dを包み込む半透明な幕の球体……エナジーバリアによって遮られた。
「追撃の雷嵐(サンダーストーム)!」
天空から、無数の落雷が降り注ぐ。
落雷が次々に命中するが、Dのエナジーバリアを破壊することはできなかった。
「エクレール、そんな小技、エナジーの無駄遣いにしかなりませんよ」
「はっ、エナジーバリアを張り続けているあなたよりは消耗少ないわよ」
攻撃がない間も張っていてもエナジーの無駄遣いなので、Dはエナジーバリアを解く。
エナジーバリアは強度の調節が自在であり、強化すればするだけエナジーを大量に消耗するのだ。
相手の攻撃の威力を瞬時に見抜き、それに合わせて最低限の強度(消耗)のバリアを作るのが理想的だが、エナジーをケチってギリギリの強度のバリアを作って貫かれたらそれこそ間抜けである。
ゆえに、普段は適当な目検討で明らかに相手より強いバリアを作るのが普通だった。
「じゃあ、これは防げるかしら? 雷光神槍(ライトニングスピア)!!!」
ランチェスタは巨大すぎる雷の槍を作り出すと、Dに向かって投げつける。
「…………っ!」
あの雷の槍は、エナジーバリアを張っても、あっさりと貫通してくると判断したDは、剣で叩き壊すことにした。
Dが剣にエナジーを注ぎ込むと、エナジーは聖光に変換されて刀身から勢いよく噴き出す。
「断っ!」
巨大な雷光の槍と、同じぐらい巨大な聖光の刃が正面から衝突し、雷光と聖光の大爆発がDの姿を呑み込んだ。
「今だ!」
ランチェスタの周りに次々に光り輝く球体……雷球が生まれていく。
「百雷弾(ハンドレットサンダーブレット)!」
百発の雷球が同時に、Dを呑み込んでいる光と爆発の中に撃ち込まれていった。
ランチェスタは、雷光神槍を直撃させてDを倒せるなどとは最初から思ってもいない。
あくまで、破壊された雷光神槍の爆発によるダメージと、爆煙に視界が塞がれた隙に追撃の百雷弾を叩き込むのが狙いだった。
ランチェスタは、拳に雷を纏わせる百雷撃などの格闘技と違って、百雷弾などの遠距離攻撃術の類は苦手である。
術の発動までの必要時間が長くかかり、ルーファスなどの高速(彼の場合は光速)戦闘タイプを相手にした場合、致命的な隙を作ってしまうのだ。
ゆえに、ランチェスタは滅多に遠距離攻撃術は使わない。
使うなら、さっきのように術を完成させるための時間……相手の隙が必要不可欠だった。
「当たった?」
百雷弾は爆煙の中のDに命中し、ダメージを与えられたのだろうか?
「いいえ、外れですよ」
答えは背後から返ってきた。
「貴方は術の構築が遅すぎます。この手の技はこうやって使うのですわ」
「ちっ!」
振り返ったランチェスタの視界に映ったのは、一瞬にして出現する千をゆうに超える闇の球体。
「舞い踊れ、ダークスフィア」
闇の球体が様々な角度から緩急をつけて、ランチェスタに襲いかかった。
「し、しまっ……」
ランチェスタは高速で思考する、そして、この攻撃は回避しきることも、迎撃することも不可能だという解答を瞬時に割り出す。
全ての闇の球体がランチェスタに直撃し、連鎖的に大爆発を起こした。







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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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